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最終更新日:11月25日
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5月10日更新
特集 いざ行かん、伝統と旬が息づく街へ 神楽坂を歩く、遊ぶ、食べる
01 神楽坂を歩く02 神楽坂を遊ぶ
03 神楽坂で食べる 和の極み04 神楽坂で食べる フレンチ、イタリアン
01 神楽坂を歩く
武士が土豪が文学者が、それぞれに男の歴史を育んだ
外堀通りを背に、坂を見上げる。神楽坂歩きのスタートは、いつもここから。ゆっくりと坂を上り、善国寺へ。まずは毘沙門天さまに挨拶をするのが、男の礼儀。

すると、ひとりの男性が声をかけてきた。生まれも育ちも神楽坂と聞き、つい話し込む。生粋の“神楽坂っ子”と出会ったのも、毘沙門天さまのお導きか。
人生の達人に案内されて、しばし歴史散歩を楽しむ。毘沙門天から路地を入ると、そこはまた坂。牛込氏が城を築いた当時の話を聞きながら、都々逸発祥の地といわれる地蔵坂を上り、本丸跡へ。

光照寺、太田南畝の旧居、宮城道雄記念館と、見どころが続く。曲がりくねった路地をぶらぶらと歩き、若宮八幡におまいりをし、熱海湯通りへ。夏ならこの銭湯でひとっ風呂浴びるのもいい。
長老曰く、この横の石段が、牛込神楽坂でも趣ある景色のひとつ。なるほど、とびきり風情がある。

すぐそばに、泉鏡花の旧居跡。尾崎紅葉に連れられて行ったお座敷で、鏡花は後に妻として迎える芸妓・桃太郎と出会い、情熱的な恋をした。名著『婦系図』をまた読み返してみたくなる。
そうだ、花街も歩かねば。
迷宮のラビリンス〜芸者新路、かくれんぼ横丁へ
神楽坂を渡り、芸者新路へ。まるでけものみちのような細い路地が入り組むなかを、石畳を踏みしめて歩く。クランクや袋小路、もう一歩踏み出せば違う世界への扉が開いてしまうのでは、と、鼓動が高鳴る。

文豪たちが数々の名作を生み出したものかき旅館「和可菜」。黒板塀を見上げた二階の雨戸が開いているときは、作家が詰めて書いているのだそうだ。

猫に誘われるまま行くと、かくれんぼ横丁のおにぎり屋「わかまつ」。歌舞伎役者への差し入れに絶大な人気のこのおにぎり、何百という注文を受けてもすべて女将がひとりで握るのだそうだ。
牛込神楽坂の発祥から文豪、花街まで、まるで見てきたように歴史を語り、自邸を案内するように自在に迷路を歩く長老、実はたいへんな人だった。
私も名前を知っていた染物屋「京屋」のご主人。代々続いた家業をたたみ、今は牛込神楽坂の歴史の第一人者として知られる新宿区郷土研究会会長・水野正雄氏その人。
長年にわたり新宿区の郷土史を研究してきた達人の案内を受けられたとは、実に幸運というべきか、あるいは神楽坂がそんな奇跡を呼ぶ迷宮なのか。

水野氏と別れ、神楽坂を早稲田に向かって歩く。神社に奉納する神楽が聞こえる坂ということから江戸時代から「神楽坂」と呼ばれるようになったと聞いていたが、その神社が若宮神社なのか筑土八幡、赤城神社、あるいは他か定かでなく、また異なる説もあるそうだ。

ここからはひとり、文学散歩。夏目漱石誕生の地、そして終焉の地、松居須磨子もこの地に眠っている。その昔は、「夏目漱石派」と「尾崎紅葉派」に分かれた文学青年たちもこの周辺を歩いたのだろう。
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この情報は2006年5月10日現在のものです
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