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最終更新日:11月25日
   
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3月15日更新
特集 寿司、鰻、そして肉まん 文豪が惚れた老舗の馳走
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其の1 寿司 こだわりの江戸前寿司 新富寿し其の2 蕎麦 辛口つゆの挽きたてそば まつや
其の3 鰻 国産天然ものの焼津鰻 花菱其の4 肉まん 周恩来も書き記した店名 維新號
其の3 鰻 国産天然ものの焼津鰻 花菱 (渋谷)

建て直した今も茂吉が通った当時の面影を残す座敷が。入口に掲げた看板や、店内に残る欄間は、創業当時のもの
世に鰻好きは多いが、生涯でいちばん多く鰻を食べたのは誰だろう。たぶん、斎藤茂吉氏ではないか。鰻の蒲焼きといえば、まず斎藤氏が脳裏に浮かぶ。なぜなら、「午前中カ丶リテ漸ク二三枚シカ書ケナカツタガうなぎヲ食ヒ、午后ニナツテカライクラカ進ミ夕食ニ又うなぎヲ食ヒ、夜ノ十時ゴロニハ十三枚ト半グラヰ書イタ」という具合に、氏の日記のそこかしこに、鰻を食べた記述が出てくる。
遂には、『茂吉と鰻』(林谷廣著 短歌新聞社)という、斎藤氏の日記から鰻を食べた回数を調べ上げた本まで登場した。それによると902回。日記を書かない日もあったのだから、実際はその数をはるかに超えるだろう。
名医・歌聖の養生食

ふっくらと焼き上げた焼津産の鰻。茂吉は昼・夜続けて鰻を食べることもあった
医者・作家となった息子たちも、それにはあきれ果てていたようだ。長男・斎藤茂太氏と次男・北杜夫氏は、『この父にして』(毎日新聞社)で、こんな会話を交わしている。「医学的にどうしても解明できないウナギ」「目が輝いて、樹木の緑の色が食べる前と違うという」「医学的にはぜんぜん当てはまらないので、完全に心理的な自己暗示にかかったみたいな作用」等々。
最初はただの大好物だっただろうに、やがて斎藤氏にとって鰻は不思議な力が潜む神格化されたものへと発展していった。日記には、「夜鰻ヲ食ツタトコロガ午後ニシタ下痢ガ止マツタヤウダ」という記述まである。歌人であると共に、医者でもあった氏なのに・・・。
戦火から守り抜いた秘伝のたれ
その斎藤氏が愛した店が、渋谷・道玄坂にある花菱だ。創業当時から今に至るまでここで扱っているのは、静岡・焼津産の鰻。それを甘口の秘伝のたれで3度つけ焼きにする。たれは、創業以来甕の中で大切に保存されてきた。減ってくると、厳選した2種類のしょう油とみりん、砂糖を合わせたものを煮詰めて、甕に足していく。

戦時中には、家族より先に、この甕を、創業者のふるさとである岐阜県恵那郡に疎開させたほどである。店は戦火により昭和23年に建て直され、平成元年に新築した。それまでは2階に座敷が5部屋。障子を開けると、道玄坂の風景が楽しめた。

青山の自宅から、花菱へ向かう。そのときの斎藤氏は、心躍らんばかりだったろう。そして注文するのは並か中。青山脳病院院長で、また、高名な歌人であった氏だが、特上を頼むことはなかったそうだ。きっと帰り道で詠んだのだろう。氏にはこんな句がある。 「あたたかき鰻を食ひてかへりくる道玄坂に月押し照れり」

戦火を逃れた秘伝のたれが、茂吉を魅了した
DATA
住所: 東京都渋谷区道玄坂2-16-7 TEL: 03-3461-2622
営業時間: 11:30〜14:30 17:00〜22:00 休: 日曜・祝日休 
蒲焼定食 中2,100円 大2,625円
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其の1 寿司 こだわりの江戸前寿司 新富寿し其の2 蕎麦 辛口つゆの挽きたてそば まつや
其の3 鰻 国産天然ものの焼津鰻 花菱其の4 肉まん 周恩来も書き記した店名 維新號
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この情報は2006年3月15日現在のものです
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